SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

10
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

戯れたい

I LOVE GEOGRAPHY
この15カ月のこと
 最後に記事をあげてから15カ月しかたってなかったことに驚いてる。

2009年が明けたころからすこしずつ自分の生活のスタンスがかわって、
週末ごとに外に出かけるようになり、休日ごとに外に出かけるようになり、
それ以前はネタがあればブログを書こうとしていたところを
だんだんその姿勢が頭から薄れて消えていった。

ひとつ大きな契機となったのは2009年3月、
原因不明の網膜剥離が右目におきて緊急手術をうけ、そのまま1週間ほど入院したこと。

それまでも眼のトラブルには何回か見舞われていて、
白内障で両目の水晶体を人工レンズに入れ替えたのが1998年の夏。
左目の網膜剥離が最初におこったのが2007年の春。
左目の経過は思わしくなく、
2008年の秋までには、左目では目の前で振られる手を認識できなくなった。

いよいよ右目もあやういと感じて
視力の保ててるうちに目に映せるものは貪欲に目に映しておきたいと願ったら、
あっちこっち出かけることが最優先事項になってた。

で、出歩いてみたら、
不思議とすばらしい光景にもすばらしい人物にも出会えてしまった。
記事のネタなら存分にある。

そろそろ整理しようとしてこのスペースの存在を思い出した。
でもいきなり再開ってわけじゃなく、しばらくは別の場所で調子を整えることにする。

こっちね。→ http://d.hatena.ne.jp/yookud/
| その他 | 05:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
NHKスペシャル JAPANデビュー アジアの”一等国”
この春NHKで放送された「JAPANデビュー アジアの”一等国”」が
内容の偏向を批判されてると聞いておどろいた。

日本植民地時代の台湾と日本の関係をあつかった番組で
自分は視聴してマイナスの印象をうけなかったし、むしろ優れてると評価してた。
なんでだろ?いまだに批判がなにを危惧してのものか分かってない。

台湾の対日感情が東アジアの中でとびぬけていいのはほとんど常識だし
それが日本植民地時代の関係からきてるのも知ってる。

だからって台湾が日本を絶対的によく思ってるとは思わない。
列強が勢力を争っていた西暦1900年前後に
植民地は宗主国の利益をうみだすことが期待されていただろう。
植民地で善政がなされたところでその繁栄が本国のものを上回ることはないから
相対的に日本あるいは日本時代はいいって評価なのだろう。

番組では植民地だった台湾のジレンマを追っているけれど
自分のなかの帝国主義の理解からはずれて過酷なことは描かれてなかった。

なにが危惧されているのかわからない
| その他 | 13:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
THE CENTER OF THE WORLD
ワールドトレードセンターをとりあげたドキュメンタリーをみた。
American Experience | The Center of the World - New York: A Documentary Film | PBS

2001年にテロの標的になって崩壊した事件の衝撃があまりに大きく
いまとなってはそれ以前のWTCを当時の感覚で思い出せなくなってるなか、
なんとか昔にせまろうと勉強してみた。
超高層ビルがすき。

“世界の中心”ニューヨークの象徴だった摩天楼のプロフィールを
建設計画がもちあがった1950年代から以降の映像をふんだんにつかって追いかけてる。
映像といっしょに半分も理解できない英語をききながら、いろんなことを考えた
空に突き出した400mのツインタワーにはいろいろ考えさせるだけの力がある。

ただその象徴性も
2009年の、WTCのないニューヨークのスカイラインに慣れたいまでは
結構疑わしくいものにになってしまったのかも。
テロリストがアメリカを攻撃するときのターゲットに選んだ事実にすら
どこかうなづきにくいところがある。

憎悪を向ける対象になるほど、WTCは世界に君臨してたっけ?
ニューヨークって世界の中心だったっけ?

かつてのWTCやニューヨークがもってた象徴性がもし残された映像が示すほど巨大なものだったとしたら、
いまのアメリカは相当な危機に置かれてることになるんだけど
| その他 | 13:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
三大都市圏と新幹線
日本の三大都市圏の規模感のちがいを感じるのに
新幹線駅を思い出すのがおもしろいかもしれない

・東京
  新横浜 – 品川 – 東京 – 上野 – 大宮
・名古屋
  米原 – 岐阜羽島 – 名古屋 – 三河安城 – 豊橋
・大阪
  姫路 – 新神戸 – 新大阪 – 京都 – 米原

なんて思う。
| その他 | 19:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
東防波堤と東京港臨海大橋
いま東京港の沖合橋の建設が進んでいる

この橋、明石海峡大橋に比べたらまるで小さい。
関東でも横浜ベイブリッジのほうがスケール感あるし、
構造が近いものでもすでにある大阪の港大橋のほうが大きい。
橋だけを見ると、また日本にひとつ大橋がふえた程度にみえるかもしれない。

でも、この橋の恐ろしさは立地にある。

埋め立て地どうしを結んでいて、片側の陸地が若洲、もう片側が中央防波堤外側埋め立て地。
東京都心からレインボーブリッジを渡った対岸にお台場の埋め立て地があって、その先にコンテナ埠頭があって、そこから海底トンネルを越えたところにある中央防波堤内側埋め立て地の、もうひとつ沖が中央防波堤外側埋め立て地。
若洲にしても、もとあった海岸線からの距離は同じくらい遠い。
そんな遠い空白地帯に、橋が建設される。

現場に行くと、海の中に橋脚がそびえて一列に並んでいる様子が見られる。

IMGP0303
写真は若洲側から橋を撮ったもの。
右に写っているのが東京港の東防波堤で、それより画面左にかけては港の人工物は何もない。
遮られずに海面を渡ってきた風が白い波をつくっていた。

羽田に降りる飛行機が旋回しながら高度を下げてゆくのも見える。
IMGP0300

ここに橋ができると臨海部の物流が円滑になるらしい。
港をショートカットできるから確かのそうだろうけれど、いまだって東京の臨海部には首都高速湾岸線と東京湾岸道路という、あわせると幅100mある立派な道路が通っている。
それでも湾岸道路じゃ足りないから臨海道路という話になっている。

かつて、東京の港はお江戸日本橋あたりだった。
20世紀はじめには港の機能は竹芝あたりにうつり、高度成長期にはさらに南下して大井あたりが港になった。
20世紀の終わりには対岸の人工島が港として整備された。
そしていま拡大した街にその人工島まで取り込まれて、またもうひとつ沖へ、港が移動しつつある。

IMGP0291
東防波堤から都心方面を見た。
シルエットになっている超高層ビルが海岸線だった時代があって時が流れて、カメラのある場所よりもうひとつ沖で、道路工事が進んでいる。

その他の写真
| その他 | 01:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ワールドトレードセンターの後継者たちの2009年・ ブルジュドバイ
アメリカの繁栄を象徴していた2つのタワーがなくなっていくらか経って、摩天楼のイメージはニューヨークだけのものではなくなった。この10年のうちに新興国のいくつもの都市が象徴としての超高層ビルを計画するようになり、500メートル、あるいは1000メートルにも迫る高さ世界一のための競争が過熱もした。

代表的な場所がドバイだろう。
台北の台北101を悠々と飛び越えて世界一になるはずのブルジュドバイはすでにほぼ全貌をあらわしているし、それ以外にもだれも夢想しなかったようなビルたちが続々と発表されていた

ドバイは中東の砂漠の国だから、ほとんどの日本人にとって親しみのない土地。だから少なくとも2008年中ごろの段階でここが油を売って金を儲けたのだとおもってる人は多かっただろうし、投資市場があるという以上の理解をもっていた人などごくわずかだったはず。

2008年後半にドバイを取り巻く状況に変化があらわれた。
その結果、2009年はじめにはたとえばこんな報道がされている。
ペルシャ湾岸の商業都市として急速に発展し、開発ブームに沸いたドバイが金融危機の影響で「バブル崩壊」に陥っている。ビル建設の工事中断や規模縮小で、外国人労働者の解雇が続く。新しい高層ビルが立ち並ぶ街の中心部のすぐ近くの地区では、非正規・不法滞在の外国人労働者が集まりスラム化していた。


いわゆる世界規模の大不況のために、ドバイの不動産バブルがはじけ飛んだのだと。
新興国の沸騰するエネルギーの象徴だったブルジュドバイの建設現場も今ではマネーゲームの残骸のように扱われるようになった。
ドバイは砂漠の蜃気楼のような街だとさもわかったように誰かがいう。

蜃気楼のような街? あたりまえじゃないか。

もともと貧弱な土壌の上で天然資源にも乏しく人口は少なく、だからドバイは交易都市として発展する道をめざした。天然の交通の要衝でもないのに近隣の産油国に遅れないようにと。
世界一や世界初に執着するのもそうしなければ誰もドバイに振り向かなかったからだろう。

いっときその計画が成功して今になって陰りが見えたら転落を書きたてる。内在しているリスクが変化したわけでもないだろうに。
こんな遠くの国の出来事を話題にしなければいけない理由がある?

今の経済情勢を100年に1度の落ち込みと表現するなら、それは100年に1度は今くらいに落ち込むようなシステムで世界が動いているということで。苦境に直面することも織り込み済みでそれを受け入れているのでしょう?

ブルジュドバイにとって、新興国のそのほかのプロジェクトにとっても、今が苦境なのは間違いない。ではこれが破滅の危機?
決してドバイが描いた未来に賛同しているのではないけれど、エンパイアステートビルもワールドトレードセンターも、完成当初は部屋がぜんぜん埋まらなかったのは事実としてあるんだから。
| その他 | 23:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
岩手・宮城内陸地震から102日
天災には心を鷲掴みにされることが多い。
多いのだけれど自分になじみのない土地で起こったそれにどういう姿勢をとれるか。
| その他 | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
大江戸線飯田橋駅エスカレータ新設
エスカレーターが一基、取り付けられただけで、かなり狼狽してます。

都営地下鉄大江戸線の飯田橋駅は地表やほかの路線からホームまでの距離が長い、あまり立地条件に恵まれてない駅。けれどこの駅はホームまでの道筋が心地よくデザインされていて、長い移動が必要なことが逆に魅力になっている。
改札までの下り、改札下り階段階段の終わりからホームまでの通路、そしてホームと、それぞれ無機的で威厳をもちつつも印象を異にする空間の連続(リンク先は設計事務所の作品ページ)。
このうち、ホームへ向かう下り階段部分にエスカレーターが新設された。

この階段の天井には、蛍光灯がはめ込まれた緑色の管が3次元の網目となってうねって、駅の中でも最も印象的な空間だった。2,3年前に設計者の講演会にでかけたらエスカレーターを入れるから再設計しているところだと話していて、それ以来気になっていた計画でもあった。

追加された下りエスカレータは人ひとり分の幅。階段の横幅3分の1ほどを潰し、機械を納めるためにかさ上げした位置で運転している。
新しい構成では狭くなった階段の横に下りエスカレータ、その隣にもとからあった上りエスカレータがくる。

ひどい、と思うのはつまり、空間がつぶされているから。

エスカレータが斜面の真ん中に出っ張ることで、駅のなかでも最も印象的だったはずの空間の広がりがどの位置からも感じられなくなった。
下りエスカレータでは天井が視界を圧迫してくるし、上りエスカレータから見えるのは仕切りの壁ばかり。
階段からの景色は幾分ましだけど誰も通らないから意味ない。

エスカレータを下りきったあとも。降り口がもとあった床より高くなっているので短いスロープで繋ぐようになって、一方の昇り口はもとあった床の高さ。ここの段差に対処する手すりが下りきったあとしばらくつづく。
以前は明確だった階段と階段からホームまでの通路との境界がこれで崩れて、印象の切り替えがうまく行えなくなってしまっている。

これならエスカレータを加えないほうがよかったのに。

エスカレータを新設すると決まって、エスカレータの技術的仕様も決まって、最後にデザインをお願いしますと、依頼されたのかなと想像はしている。
厳しい制約が課されていたのではないかと。

でも、似た苦境のもとでもともとの駅を設計して名建築とした人間が、彼の代表作となったその作品を(たぶん)改修したのだから、今になっても期待することをやめられないでいる。
Webや建築雑誌を探しても設計者による解説が見つからなかったし、この思いを抱え込むしかないかなぁ。
| その他 | 08:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「渋谷駅街区基盤整備方針」の公表について
そういえば、渋谷駅再開発の計画案が公表されている。
 学識経験者、国土交通省、東京都、渋谷区および鉄道事業者で構成された「渋谷駅街区基盤整備検討委員会」は、渋谷駅とその周辺の区域(以下「渋谷駅街区」という)における都市基盤の再編整備について検討を進めてきました。
 この度、本委員会において、渋谷駅街区における駅前広場、道路、鉄道、河川、下水道、歩行者ネットワーク等の整備の方針をとりまとめた「渋谷駅街区基盤整備方針」を策定したのでお知らせします。


2012年に東急東横線渋谷駅の地下化が完成したあとできる、地上駅の跡地の余裕分をどこがどう利用するのかという話。
発表資料からは、今手狭になっている駅を、電車やバスやタクシーの利用者、そして歩行者にとって利用しやすいものに補修してまちの魅力を高めようとする方向が顕著にみえる。

活性化のために交通結節点としての機能を強化しようとする目論見はどの駅前にも常に存在する。とはいえ、この渋谷のくらいまで規模があって包括的な例はあまりない。実現すれば渋谷の街を長きにわたって支える優良な資産になることだろう。
工事には難題も多いだろうけど、今回、それら制約を押さえながら駅をアップグレードする事業での理想の成果像はほぼ共有されているようにみえる。
大きく描かれた絵がどれくらい描かれた通りに実現するか眺めていきたい。

計画案では駅の改造ほど強調されていないけどもうひとつ、同じくらい長期的に街の価値にかかわるプロジェクトが並行して進められる。

渋谷駅街区で現状消化されていないもの、東横線駅跡から新たに発生するもの、今の渋谷駅ビルのもの、全部の床面積を足し合わせた巨大な駅ビル。
まだ線路をまたいだ直方体として計画図にのってるだけであっても、基盤整備では外せなし、完成すれば間違いなく渋谷のランドマークになる。

これまでの渋谷は駅を中心とした街で、でも駅には人が集まるだけで何かあるわけではなかった。そんな何もなかった駅の空中に大きな何かができる。
街の中心に、これまでにない何かをつくる、のだから自称関係者の意見もバラバラなのはすぐ想像できる。
しかも場所は渋谷。特殊な文化がすでにそこにあって、無難な超高層では台無しになる。難しさでいえば、ニューヨーク・グラウンドゼロの復興計画と並べてもいいんじゃないだろうか。

成功すれば全力で褒め称えられることになるけど、成功させるのは至難なプロジェクト。こっちはゆく先を注目する価値充分。
| その他 | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
新宿3丁目駅の北半分
副都心線の新宿三丁目駅は200mのホームが南北に伸びて、両端に設けられた改札からはさらに南北に伊勢丹と高島屋に向かう通路が伸びる。
ふつう意識するのはここまでなんだけど、ここまでだと全長800mの駅の半分。さらに北側には折り返しを行うための施設が隠れている。

結果、繁華街の南の端からはじまった駅の通路は異様に長く、北は新宿の外れの区役所第二分館まで達している。

副都心線のために環状方向の幹線道路である明治通りをこれだけの距離ほり返しての工事が行われたのだけど、北半分についてはその必要があったのかあやしく思えるくらい、目に見える部分が貧相な仕上がり。途中もうひとつ幹線道路の靖国通りとも交差していて、関東大震災後の都市計画にあった3つの動脈のうち2つまで絡めてるというのに。

折り返し施設を確保することが第一目的、地下通路はついでだったのかなと思うけれど、あの不釣り合いさを見るとどうも考え事を抑えられない。
| その他 | 01:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |