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戯れたい

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人体 失敗の進化史
おもしろい文章を書く人がいるものだ。

解剖科学に取り組んでる著者が、ヒトの体について記した本。

カンブリア紀からの5億年の歴史は、化石に、またいまを生きる体の中に、刻まれている。
それを見つめたとき現れるのは、生命がその場しのぎの設計変更をを繰り返し進化してきた事実。
例えば骨はもともとリン酸カルシウムを貯蔵するためのものだった。
それを流用して、体を支える梁ができあがっている。
酸素を空気から取り入れるため浮き袋が肺に変わり、
肺で効率よくガス交換を行うためのポンプの役割を心臓に求めた結果、左右非対称の血管がうまれた。

進化は緩やかで、その間じゅうでその環境に適応した設計を持たなければ今まで生き延びられなかった生物の
いびつで秀でた道のりの結晶としての人体。
完全であるとか美しいといった評価を無理にくだすよりはまず、
その存在をねぎらっておきたい心境になる。

作中では現在に至る生物のデザインのあり方を工業製品の設計と比較して
工業製品のように0から理想形を求めることはできないのだと説明される。
確かにそうかもしれない。
けれど、人間がデザインするものの大部分もまた、生物の設計と同じ、過去の資産をもとにしたその場しのぎな気がする。
ならば人体は偉大なデザインの教科書のような。

設計図の変更は積み重ねられ、今の人間が現れるようになった。
二足歩行を行い、器用な手と巨大な脳をもった生き物。
彼らは文明をつくり、自らの設計変更を、進化史にない急激な速さで進めようとする。
その速度に、ヒトの体がついていけない。
これについてもいくつかの実例があげられていてそれぞれ興味深いけれど、つまり、
我々は行き詰った失敗作なのだ。

そして著者はいう。
私が心から愛でておきたいのは、自分たちが失敗作であることに気づくような動物を生み出してしまうほど、身体の設計変更には、無限に近い可能性が秘められているということだ。


おもしろい。
序章と終章とで解剖の重要性の主張と、文化を壊す拝金主義の批判が行われているために、まとまりが損なわれてしまっていることだけが残念。

*2006年12月31日 文章の細かい部分を変更
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