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戯れたい

I LOVE GEOGRAPHY
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路線図の典型はいかにつくられたか
東海大学紀要 教養学部なんてのから論文読んでお勉強。

路線図の典型と呼べるだろうスタイルの源流は
1933年にロンドン地下鉄から発表された路線図に辿ることができる。
たて/よこ/ななめ45度の線を組み合わせ路線と路線網を表現した図は
現在のロンドン地下鉄路線図にまで引き継がれ、また世界中に広まった。

詳しくはMr. Beck's Underground Mapという書籍にあるらしい。
論文にはその本の要約と、図の成り立ちに関する考察が。
なぜその他の様式が典型とならなかったのかも個人的に気になるけれど、それは別の話。

作者であるベックの功績は、実際の地理をなぞっていた路線の表現を
幾何学的な形態へうつしかえたところのみに絞られるとのこと。
(それ以外の構成要素はすでに発明されていた。)
とはいえこの変換は非常に意味の大きく、
これが街のイメージから純粋な地理要素が消失してゆく契機となった。

変換がなされた背景としては、当時の地下鉄システムの複雑化と
地下鉄の、移送する手段としての性格の強さが指摘されている。
トンネルの闇の中では駅から駅へ移動すること以外に利用者に意味はなく、
地面の上の様子に関心を払う必要もない。

いかにつくられたか、についての考察はこんな感じ。

この図によって、都市は平面の広がりから抽象的な網目構造へと変化した。
論文は路線図を地理的な地図に対する「もうひとつの地図」といっている。
けれど実際はそんな生易しいものじゃないはずで。
もっと大事件、だと思う。

いくつかの大都市では路線図が基盤で地理は飾りでしかなく、
人々は認知的な革命のあとの新しい枠組みに暮らしているんですよ。

はなしが逸れたか。

*2007年10月13日 文章の細かい部分を変更
| 路線図マニア | 15:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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