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川から大阪をみる
ざっくりと。

大阪は、淀川と大和川の河口部に位置する都市。
それぞれの川をさかのぼれば京都と奈良に出ることができる、古くからの交通の要衝にあたる。

川は畿内各地の山々から大阪湾へと土砂を運ぶ役割も果たす。
この条件のもと、もとあった浅瀬が土砂の堆積でどんどん陸に変わって今の大阪平野がかたちづくられた。

室町時代の終わりまでには、2つの川は海に出る前に合流するようになる。
しばらくあと、合流地点のほとりの小高い丘、恵まれた場所に大阪城が築かれる。

京都からも近く穏やかな瀬戸内海に面する大坂は、国中から品物が集まる港町になる。
街には水路が巡らされ、その水路の広がりが街の骨格になっていった。

水運で成り立った大坂は、同時に水に脅かされもした。
低い土地を流れて浅い海に注ぐ川のため、いちど溢れた水はなかなか引かないし、港は絶え間なく土砂に埋まってゆく。

いくつもの治水事業が行われる。
大和川は18世紀に街の南側を通って海に注ぐようになり、淀川の本流は20世紀に街の北側を通って海に注ぐようになる。

時代が下り都市が拡大すると水路は物流をさばききれなくなる。
港は沖合の人工島に移り、道路や鉄道が街から放射状に延びる。
土地に余裕がなくなるため小さな水路は埋め立てられ、川は、給水と排水のために流れるようになる。

ある程度まで流路が減り、また川べりの都市化が進むと、流れはそれ以上変化できなくなる。
そのまま現在に至る。
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