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大阪、水の回廊
江戸時代、大坂は水路に囲まれたまちだった。
その名残はしっかり残っていて、ちょうど水都大阪2009という催しがあるのでそこから引用してみる。

大阪は都心部に「水の回廊」を有する世界でも稀な都市である。その誇るべき都市資産である「水の回廊」を活用した「水都大阪」再生のムーブメントを起こし、「川」をテーマにした街づくり運動を活性化する。

「水の回廊」は、大阪市の中心部に位置する、堂島川・土佐堀川、東横堀川、道頓堀川、木津川からなる、ロの字型の川の繋がりです。これは世界的に珍しい形状で、現在、「水の回廊」を中心として、水辺を活かした整備や賑わいづくりが進められています。



大阪の中心部
は北を堂島川・土佐堀川、東を東横堀川、南を道頓堀川、西を木津川に囲まれたあたり。明治の初めまでに市街化されていた区域がおおまかにこの範囲に重なる。

この水の回廊に加えてさらに、かつては市内にも幾筋もの水路が走っていた。ただし時代時代にさまざまな思惑が巡らされたんだろう、水路はつぎつぎに埋め立てられていく。いま誇るべき都市遺産とされているのは、大坂の水路網のうちで生き延びられた一部でしかない。
まず市内の水運が衰える。土地が足りないのに無用になった水路をそのまま放置しようとは考えなくなる。都心部にある水路から転用が始まって、街を縁取っていた水路だけが残る。
そんなところだろう、水の回廊部分だけ残してそれ以外は消えていった。

かつて水の都だった頃からの歴史が積み重なった結果、その場所以外には真似できない、そして今となっては新たに作り出すことのできない様相が出来上がっている。そんなユニークな水路。

水運が発達して、衰退して、そのあとも人間が暮らしてきた歴史が明瞭に地面に刻みつけられてるのだろうから、これをただ「水の回廊がある」とするだけならつまんないね。
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