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戯れたい

I LOVE GEOGRAPHY
ワールドトレードセンターの後継者たちの2009年・ ブルジュドバイ
アメリカの繁栄を象徴していた2つのタワーがなくなっていくらか経って、摩天楼のイメージはニューヨークだけのものではなくなった。この10年のうちに新興国のいくつもの都市が象徴としての超高層ビルを計画するようになり、500メートル、あるいは1000メートルにも迫る高さ世界一のための競争が過熱もした。

代表的な場所がドバイだろう。
台北の台北101を悠々と飛び越えて世界一になるはずのブルジュドバイはすでにほぼ全貌をあらわしているし、それ以外にもだれも夢想しなかったようなビルたちが続々と発表されていた

ドバイは中東の砂漠の国だから、ほとんどの日本人にとって親しみのない土地。だから少なくとも2008年中ごろの段階でここが油を売って金を儲けたのだとおもってる人は多かっただろうし、投資市場があるという以上の理解をもっていた人などごくわずかだったはず。

2008年後半にドバイを取り巻く状況に変化があらわれた。
その結果、2009年はじめにはたとえばこんな報道がされている。
ペルシャ湾岸の商業都市として急速に発展し、開発ブームに沸いたドバイが金融危機の影響で「バブル崩壊」に陥っている。ビル建設の工事中断や規模縮小で、外国人労働者の解雇が続く。新しい高層ビルが立ち並ぶ街の中心部のすぐ近くの地区では、非正規・不法滞在の外国人労働者が集まりスラム化していた。


いわゆる世界規模の大不況のために、ドバイの不動産バブルがはじけ飛んだのだと。
新興国の沸騰するエネルギーの象徴だったブルジュドバイの建設現場も今ではマネーゲームの残骸のように扱われるようになった。
ドバイは砂漠の蜃気楼のような街だとさもわかったように誰かがいう。

蜃気楼のような街? あたりまえじゃないか。

もともと貧弱な土壌の上で天然資源にも乏しく人口は少なく、だからドバイは交易都市として発展する道をめざした。天然の交通の要衝でもないのに近隣の産油国に遅れないようにと。
世界一や世界初に執着するのもそうしなければ誰もドバイに振り向かなかったからだろう。

いっときその計画が成功して今になって陰りが見えたら転落を書きたてる。内在しているリスクが変化したわけでもないだろうに。
こんな遠くの国の出来事を話題にしなければいけない理由がある?

今の経済情勢を100年に1度の落ち込みと表現するなら、それは100年に1度は今くらいに落ち込むようなシステムで世界が動いているということで。苦境に直面することも織り込み済みでそれを受け入れているのでしょう?

ブルジュドバイにとって、新興国のそのほかのプロジェクトにとっても、今が苦境なのは間違いない。ではこれが破滅の危機?
決してドバイが描いた未来に賛同しているのではないけれど、エンパイアステートビルもワールドトレードセンターも、完成当初は部屋がぜんぜん埋まらなかったのは事実としてあるんだから。
| その他 | 23:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
TokyoRailMap ver.5.01
もう去年の年末のことですが、東京の地下鉄路線網図を更新してあります



コメント欄で指摘してもらった駅名のミスを修正しました(×清澄白河 → ○森下)。気づかないうちに書き換えてしまっていて…

東京の街路は大概が入り組んでいて、それを基盤にそれぞれの地区が相互作用しあって成り立ってる。
ところが隅田川の東の地域は例外的に大規模な碁盤目状の町割りができている。歴史的にいえばこれは関東大震災のあとの復興計画の遺産。
碁盤の中には繁華街も公園地区も住宅地もある。のだけど、町割りが入り組んでいないぶん現状の土地利用が必然性に乏しく思えてしまう。白地図を持ち出されて「ここの地名は?」とか聞かれても答えにくい。

そんなわけで、自分では許せないわけではないミスでした。
東京の東側は苦手だし。むしろ全部頭に入れておくのが大変だから地図を描いたんだし。

えー、hiroさん教えていただいてありがとうございました。
まだほかにどんなミスがあるとも知れないけど、よければこの路線図を使ってみて、おかしなところ見つけたら報告してもらえれば幸せです。
| ___RailMap | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
1キロワット時 = 3600 キロジュール
どこかで指摘されているかとも思ったけど、

ITmediaの、Google、「1回のGoogle検索で二酸化炭素7グラム排出」の論文に反論
1回当たりのエネルギー使用量は1時間当たり0.0003キロワット(キロジュール)だという。

は、原文だと
this amounts to 0.0003 kWh of energy per search, or 1 kJ.

となってますし、
1回当たりのエネルギー使用量は0.0003キロワット時(1キロジュール)だという。

の誤りですね

#それだけ。
| - | 23:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
大阪、水の回廊
江戸時代、大坂は水路に囲まれたまちだった。
その名残はしっかり残っていて、ちょうど水都大阪2009という催しがあるのでそこから引用してみる。

大阪は都心部に「水の回廊」を有する世界でも稀な都市である。その誇るべき都市資産である「水の回廊」を活用した「水都大阪」再生のムーブメントを起こし、「川」をテーマにした街づくり運動を活性化する。

「水の回廊」は、大阪市の中心部に位置する、堂島川・土佐堀川、東横堀川、道頓堀川、木津川からなる、ロの字型の川の繋がりです。これは世界的に珍しい形状で、現在、「水の回廊」を中心として、水辺を活かした整備や賑わいづくりが進められています。



大阪の中心部
は北を堂島川・土佐堀川、東を東横堀川、南を道頓堀川、西を木津川に囲まれたあたり。明治の初めまでに市街化されていた区域がおおまかにこの範囲に重なる。

この水の回廊に加えてさらに、かつては市内にも幾筋もの水路が走っていた。ただし時代時代にさまざまな思惑が巡らされたんだろう、水路はつぎつぎに埋め立てられていく。いま誇るべき都市遺産とされているのは、大坂の水路網のうちで生き延びられた一部でしかない。
まず市内の水運が衰える。土地が足りないのに無用になった水路をそのまま放置しようとは考えなくなる。都心部にある水路から転用が始まって、街を縁取っていた水路だけが残る。
そんなところだろう、水の回廊部分だけ残してそれ以外は消えていった。

かつて水の都だった頃からの歴史が積み重なった結果、その場所以外には真似できない、そして今となっては新たに作り出すことのできない様相が出来上がっている。そんなユニークな水路。

水運が発達して、衰退して、そのあとも人間が暮らしてきた歴史が明瞭に地面に刻みつけられてるのだろうから、これをただ「水の回廊がある」とするだけならつまんないね。
| - | 02:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
川から大阪をみる
ざっくりと。

大阪は、淀川と大和川の河口部に位置する都市。
それぞれの川をさかのぼれば京都と奈良に出ることができる、古くからの交通の要衝にあたる。

川は畿内各地の山々から大阪湾へと土砂を運ぶ役割も果たす。
この条件のもと、もとあった浅瀬が土砂の堆積でどんどん陸に変わって今の大阪平野がかたちづくられた。

室町時代の終わりまでには、2つの川は海に出る前に合流するようになる。
しばらくあと、合流地点のほとりの小高い丘、恵まれた場所に大阪城が築かれる。

京都からも近く穏やかな瀬戸内海に面する大坂は、国中から品物が集まる港町になる。
街には水路が巡らされ、その水路の広がりが街の骨格になっていった。

水運で成り立った大坂は、同時に水に脅かされもした。
低い土地を流れて浅い海に注ぐ川のため、いちど溢れた水はなかなか引かないし、港は絶え間なく土砂に埋まってゆく。

いくつもの治水事業が行われる。
大和川は18世紀に街の南側を通って海に注ぐようになり、淀川の本流は20世紀に街の北側を通って海に注ぐようになる。

時代が下り都市が拡大すると水路は物流をさばききれなくなる。
港は沖合の人工島に移り、道路や鉄道が街から放射状に延びる。
土地に余裕がなくなるため小さな水路は埋め立てられ、川は、給水と排水のために流れるようになる。

ある程度まで流路が減り、また川べりの都市化が進むと、流れはそれ以上変化できなくなる。
そのまま現在に至る。
| - | 22:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
OsakaRailMap ver.0.50
10月19日の京阪中之島線の開業にあわせて大阪の地下鉄路線図を更新しました。
こっちのページ(http://tawamure.com/railmap/)からどうぞ。



最近、中之島やその周辺一帯では再開発の槌音や青写真が騒がしく、中之島線がこの時期に開業することもその流れのなかに位置づけることができる。
のだけれど、どうにも土地勘に乏しくて、中之島がかわると大阪にどれだけの影響がくるのかうまく想像できずにいる。

一方で中之島がおもしろい位置にあることはわかるから興味津々で。

こうやって手土産の路線図が用意できたのでちょっと出かけてきますよ。
| ___RailMap | 03:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
岩手・宮城内陸地震から102日
天災には心を鷲掴みにされることが多い。
多いのだけれど自分になじみのない土地で起こったそれにどういう姿勢をとれるか。
| その他 | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
大江戸線飯田橋駅エスカレータ新設
エスカレーターが一基、取り付けられただけで、かなり狼狽してます。

都営地下鉄大江戸線の飯田橋駅は地表やほかの路線からホームまでの距離が長い、あまり立地条件に恵まれてない駅。けれどこの駅はホームまでの道筋が心地よくデザインされていて、長い移動が必要なことが逆に魅力になっている。
改札までの下り、改札下り階段階段の終わりからホームまでの通路、そしてホームと、それぞれ無機的で威厳をもちつつも印象を異にする空間の連続(リンク先は設計事務所の作品ページ)。
このうち、ホームへ向かう下り階段部分にエスカレーターが新設された。

この階段の天井には、蛍光灯がはめ込まれた緑色の管が3次元の網目となってうねって、駅の中でも最も印象的な空間だった。2,3年前に設計者の講演会にでかけたらエスカレーターを入れるから再設計しているところだと話していて、それ以来気になっていた計画でもあった。

追加された下りエスカレータは人ひとり分の幅。階段の横幅3分の1ほどを潰し、機械を納めるためにかさ上げした位置で運転している。
新しい構成では狭くなった階段の横に下りエスカレータ、その隣にもとからあった上りエスカレータがくる。

ひどい、と思うのはつまり、空間がつぶされているから。

エスカレータが斜面の真ん中に出っ張ることで、駅のなかでも最も印象的だったはずの空間の広がりがどの位置からも感じられなくなった。
下りエスカレータでは天井が視界を圧迫してくるし、上りエスカレータから見えるのは仕切りの壁ばかり。
階段からの景色は幾分ましだけど誰も通らないから意味ない。

エスカレータを下りきったあとも。降り口がもとあった床より高くなっているので短いスロープで繋ぐようになって、一方の昇り口はもとあった床の高さ。ここの段差に対処する手すりが下りきったあとしばらくつづく。
以前は明確だった階段と階段からホームまでの通路との境界がこれで崩れて、印象の切り替えがうまく行えなくなってしまっている。

これならエスカレータを加えないほうがよかったのに。

エスカレータを新設すると決まって、エスカレータの技術的仕様も決まって、最後にデザインをお願いしますと、依頼されたのかなと想像はしている。
厳しい制約が課されていたのではないかと。

でも、似た苦境のもとでもともとの駅を設計して名建築とした人間が、彼の代表作となったその作品を(たぶん)改修したのだから、今になっても期待することをやめられないでいる。
Webや建築雑誌を探しても設計者による解説が見つからなかったし、この思いを抱え込むしかないかなぁ。
| その他 | 08:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「渋谷駅街区基盤整備方針」の公表について
そういえば、渋谷駅再開発の計画案が公表されている。
 学識経験者、国土交通省、東京都、渋谷区および鉄道事業者で構成された「渋谷駅街区基盤整備検討委員会」は、渋谷駅とその周辺の区域(以下「渋谷駅街区」という)における都市基盤の再編整備について検討を進めてきました。
 この度、本委員会において、渋谷駅街区における駅前広場、道路、鉄道、河川、下水道、歩行者ネットワーク等の整備の方針をとりまとめた「渋谷駅街区基盤整備方針」を策定したのでお知らせします。


2012年に東急東横線渋谷駅の地下化が完成したあとできる、地上駅の跡地の余裕分をどこがどう利用するのかという話。
発表資料からは、今手狭になっている駅を、電車やバスやタクシーの利用者、そして歩行者にとって利用しやすいものに補修してまちの魅力を高めようとする方向が顕著にみえる。

活性化のために交通結節点としての機能を強化しようとする目論見はどの駅前にも常に存在する。とはいえ、この渋谷のくらいまで規模があって包括的な例はあまりない。実現すれば渋谷の街を長きにわたって支える優良な資産になることだろう。
工事には難題も多いだろうけど、今回、それら制約を押さえながら駅をアップグレードする事業での理想の成果像はほぼ共有されているようにみえる。
大きく描かれた絵がどれくらい描かれた通りに実現するか眺めていきたい。

計画案では駅の改造ほど強調されていないけどもうひとつ、同じくらい長期的に街の価値にかかわるプロジェクトが並行して進められる。

渋谷駅街区で現状消化されていないもの、東横線駅跡から新たに発生するもの、今の渋谷駅ビルのもの、全部の床面積を足し合わせた巨大な駅ビル。
まだ線路をまたいだ直方体として計画図にのってるだけであっても、基盤整備では外せなし、完成すれば間違いなく渋谷のランドマークになる。

これまでの渋谷は駅を中心とした街で、でも駅には人が集まるだけで何かあるわけではなかった。そんな何もなかった駅の空中に大きな何かができる。
街の中心に、これまでにない何かをつくる、のだから自称関係者の意見もバラバラなのはすぐ想像できる。
しかも場所は渋谷。特殊な文化がすでにそこにあって、無難な超高層では台無しになる。難しさでいえば、ニューヨーク・グラウンドゼロの復興計画と並べてもいいんじゃないだろうか。

成功すれば全力で褒め称えられることになるけど、成功させるのは至難なプロジェクト。こっちはゆく先を注目する価値充分。
| その他 | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
新宿3丁目駅の北半分
副都心線の新宿三丁目駅は200mのホームが南北に伸びて、両端に設けられた改札からはさらに南北に伊勢丹と高島屋に向かう通路が伸びる。
ふつう意識するのはここまでなんだけど、ここまでだと全長800mの駅の半分。さらに北側には折り返しを行うための施設が隠れている。

結果、繁華街の南の端からはじまった駅の通路は異様に長く、北は新宿の外れの区役所第二分館まで達している。

副都心線のために環状方向の幹線道路である明治通りをこれだけの距離ほり返しての工事が行われたのだけど、北半分についてはその必要があったのかあやしく思えるくらい、目に見える部分が貧相な仕上がり。途中もうひとつ幹線道路の靖国通りとも交差していて、関東大震災後の都市計画にあった3つの動脈のうち2つまで絡めてるというのに。

折り返し施設を確保することが第一目的、地下通路はついでだったのかなと思うけれど、あの不釣り合いさを見るとどうも考え事を抑えられない。
| その他 | 01:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |